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広島高等裁判所 昭和41年(う)133号 判決 1966年8月16日

控訴人・被告人 象谷盛男

弁護人 椎木緑司

検察官 伊都博

主文

原判決を破棄する。

被告人を原判示犯罪一覧表1の罪につき懲役六月に、その余の罪につき懲役一年に処する。

押収にかかるゴム印二個(広島地方裁判所昭和四一年押第三三号証第一、二号)認印一箇(同証第三号)はこれを没収する。

理由

弁護人椎木緑司の控訴の趣意は記録編綴の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

第一点 訴訟手続に違背があるとする論旨について

所論は要するに原審弁論終結後、弁護人が犯罪の成立を阻却する事由の主張をしようとして弁論再開の申請をなしたにも拘わらず、原裁判所がこれを容れずその理由をも示さなかつたことは訴訟手続に法令の違背が存することになるというものである。

しかしながら一旦終結した弁論を再開するか否かは、具体的な事情に応じて当該裁判所の合理的な自由裁量に属するから、本件において原裁判所が弁論再開の申請を許容しなかつたことが違法とはいえない。

しかも記録によると本件につき原裁判所は判決宣告期日に公判廷で決定を以て右再開申請を却下していることが認められるし、右却下決定に対しては抗告をすることは許されない(刑事訴訟法第四二〇条)から、右決定についてはその理由を附することも必要でない(同法第四四条第二項)。従つて原裁判所の訴訟手続には所論の違法はなく、論旨は理由がない。

第二点 法令の適用に過誤があるとの論旨について、

所論は要するに、一般に自己の刑事被告事件について有利な資料を作成しようとするのは人情の常であつて、被告人が原判示事情の下において診断書を偽造行使したことは私文書偽造行使罪の構成要件を充足しないと主張し、仮にそうでないとしても期待可能性がないというものである。

しかしながら原判示診断書の偽造は、医師増田豪策の作成名義をいつわることによつて同人名義の診断書の公共の信用を害するものであつて、自己の利益防禦を超えて別箇の法益を侵害する以上それが原判示事情の下に自己の刑事被告事件を有利にしようとする目的でなされたものであつても文書偽造罪の成立することは勿論であつて、自己の刑事被告事件に関し証拠いん滅を計る等防禦権行使の範囲に止まる場合に可罰性を認めない立法の趣旨とは何ら矛盾しない。

また刑事被告人の人情、その他特に被告人が長らく肺結核を患つていたこと、その為公判が長く延期せられていたこと、被告人が判決確定により早期に収監されると困る家庭事情があつたこと等は到底本件所為に出でざることを期待しえないいわゆる責任阻却事由とは解されない。

所論中更に本件偽造にかかる診断書が事実証明に関する文書でないと主張するが診断書が被告人の当時の病状についての事実証明に関する文書たることは明らかである。

又所論中犯罪一覧表1、2、3、4、の罪は罪数として包括一罪であると主張するけれども、診断書偽造及び同行使の目的は原判示のごとく共通であるとはいえ、各別の公判期日の指定又は公判期日における出頭を免れる為その度毎に各別にそれぞれ四通の診断書を偽造して行使したものであつて、単一目的に出でたものとはいえず包括して一罪を構成するものとは解せられない。論旨はいずれも理由がない。

尚職権に基づき記録を調査するに、被告人は昭和三一年一二月二〇日広島高等裁判所において窃盗罪の第一の事実につき懲役六月、第二の事実につき懲役一年に処せられ、右裁判は昭和三二年六月一一日確定し、昭和三五年二月一一日右懲役一年の刑に引続き懲役六月の刑の執行を終了したものであることが認められる。そうすると犯罪一覧表1、2、3、の各所為はそれぞれ刑法第五六条の累犯に該当することになる(犯罪一覧表3、の中偽造文書行使の日時は昭和四〇年二月一一日であるところ、前記窃盗罪の刑の執行の終了したのは昭和三五年二月一一日午後一二時の経過と同時であるから、累犯の要件である「刑の執行を終りたる日より五年内」とあるその起算日を刑期の終了する日と解すれば(大正五年一一月八日大審院第三刑事部判決)右行使の所為は累犯に該当しないこととなるが、これを刑期の終了する日の翌日と解すれば五年内となり累犯に該当することとなる。しかして累犯加重の規定が設けられた趣意は、五年を経過しない間に刑の威力を忘却したことを刑加重の精神とするものと解せられるし、現に刑の執行中で未だ刑の効果が完成していないと認めるべき刑期の終了する最後の日を前記大審院判決の如く既に刑の執行を終りたる日として右五年の期間内に算入することは不合理であつて、例えば右最後の日に懲役刑に処せらるべき犯罪を犯した如き場合にこれを累犯となしえないことは明らかであるから、前記起算日は刑期の終了する日の翌日であると解すべく、しかもその翌日は午前零時から刑の執行を終りたる日として始まるのであるから、民法第一四〇条但書の規定に従いその日を算入して暦に従つて右期間を計算すべきものと解するを相当とする。従つて本件においては刑法第五六条に所謂懲役刑の執行を終りたる日とは刑期の終了する日の翌日である昭和三五年二月一二日であり、この日を算入して満五年とは昭和四〇年二月一一日であるから、前記行使の所為は五年内に犯された累犯に該当するものというべきである。)から同法第五七条により累犯加重をなすべきところ、原判決理由をみるに、原裁判所は累犯に該当することを看過し、累犯加重をしていないことが明らかであるから、右は判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反が存するものということができ、原判決は破棄を免れない。

よつて量刑不当の論旨に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三九七条、第三八〇条に従い原判決を破棄することとし、同法第四〇〇条但書に則り当裁判所は直ちに判決する。

原判決の確定した事実に法律を適用すると、被告人の原判示別紙犯罪一覧表1、2、3、4、の各診断書偽造の所為はそれぞれ刑法第一五九条第一項に、各偽造診断書行使の所為はそれぞれ同法第一六一条第一項に該当するが、診断書偽造の罪と偽造診断書行使の罪とは同法第五四条第一項後段の牽連犯に該るので、同法第一〇条に則りいずれも重い偽造診断書行使の罪の刑に従い、更に被告人には前記前科があるので、前記一覧表1、2、3、の偽造診断書行使の罪の刑に同法第五六条、第五七条に則り累犯の加重をなし、右一覧表1、の罪は原判示確定裁判の余罪となるので同法第四五条後段第五〇条に則り未だ裁判を経ない右一覧表1、の罪につき処断し、一覧表2、3、4、の罪は同法第四五条前段の併合罪であるから同法第四七条本文、第一〇条により最も重いと認める一覧表3、の罪の刑に併合罪の加重をなした刑期範囲内において処断する。

しかし本件は被告人のみの控訴にかかり、刑事訴訟法第四〇二条に従い原判決の刑より重い刑を科しえないし、諸般の情状を考量して一覧表1、の罪につき懲役六月、同表2、3、4、の罪につき懲役一年に処することとし、押収物件の没収につき刑法第一九条第一項第二号、第二項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高橋英明 裁判官 福地寿三 裁判官 田辺博介)

別紙<省略>

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